日本下水道新聞特集号「流域治水への実現へ」(2021年7月21日)に、以下の浸水被害地区の再度災害防止に向けた中長期対策の記事が掲載されました。特集号は日本水道新聞社より購入できます。
令和元年東日本台風等の激甚な水害を踏まえ、再度災害防止を目指しさまざまな対策が実施されています。本稿では都市浸水の観点から東日本台風を振り返りつつ、中長期的に目指す方向性について考えてみたいと思います。
<東日本台風を振り返って>
後に令和元年東日本台風と命名された台風19号は、気象庁が「狩野川台風級」と比喩するなど上陸前から警戒が呼び掛けられ、静岡県から関東東北地方の広範囲に大雨をもたらしました。利根川等の主要な河川では河川整備基本方針の対象雨量に迫る平均雨量となり、河川整備計画の目標に迫る洪水が至るところで発生しました。その結果、国と県が管理する河川であわせて140箇所で堤防が決壊しました。広範囲において河川が増水し、中小河川や下水道を介した都市部からの排水が難しい状態となっていたことが想起されます。
<都市部の浸水被害の特徴>
例えば多摩川右岸沿いにあるJR武蔵小杉駅では駅構内まで浸水するとともに、周辺のタワーマンションにおいても地下の電源設備が浸水被害に遭い、地域のライフラインに大きな影響を与えました。対岸の世田谷区・大田区においても浸水し、住宅地をはじめ医療機関や教育施設の地下が浸水被害に遭い、低平地に発達した都市部の脆弱さが明らかになりました。このような地域の特徴を見てみると、江戸時代から二ヶ領用水や六郷用水として知られる水路の恩恵を受けたであろう田畑が近代になって都市化され発達した地域であり、堤防に守られているものの大規模な増水時においては潜在的に水害リスクの高い地域であることが伺えます。川崎市や世田谷区での被害は、中小河川合流部の樋門閉鎖に伴う浸水、下水道を介した河川の逆流などにより生じたことがわかっていますが、経験したことのない河川の増水によってはじめて地域の脆弱性が露わになったと考えられます。
<短期対策と中長期対策>
被害のあった自治体ではいずれも検証委員会を設置して浸水発生のメカニズムを明らかにするとともに、さまざまな短期的な対策を講じています。河川の逆流に対しては、排水樋管のゲート操作手順の見直しをはじめ、排水樋管ゲートの改良としてゲートの電動化やフラップゲート化、および樋管ゲートの遠方制御、そして樋管内の流れの方向を把握するための観測機器の設置等です。ゲートについては地域住民に認知してもらえるよう開閉状態や監視カメラの情報をウェブ上で公開している自治体も出てきています。また排水ポンプ車を導入して機動的に浸水被害の縮小を目指している例もあります。
中長期対策としては、河川管理者との協議が必要となりますが、ゲート閉状態でも排水可能なポンプゲートの導入が考えられます。必要とする用地も少なく、コストや施工期間で利点があります。より大きな排水を行うための排水機場の新設は広い用地確保が必要となり地権者との調整もあることから、さらに多大なコストと施工期間を有します。貯留施設の整備も考えられますが、こちらも同様に相当な費用と期間が必要となります。願わくは施設整備による浸水被害の完全な解消ですが、数十年に一度の極端事象に対する投資として適切かどうか見定める必要があるでしょう。
<流域治水>
内水氾濫には下水道の排水能力を上回る雨による氾濫型と、河川の増水により都市からの排水不能となる湛水型とがありますが、先に述べた台風19号に伴う浸水被害では湛水型の内水氾濫への対策が重要になります。湛水型の内水氾濫は河川の増水に伴うものですから、根本的な対処策は流域規模で考えていく必要があります。その点からも個々の自治体による対策に加え、流域自治体、河川管理者と連携した対策が重要だと言えます。
筑後川に合流する複数の支川を抱える久留米市では、たびたび湛水型の内水氾濫の被害を受けてきましたが、国・県・市が連携して総合内水対策計画を策定してハード対策を推進するとともに、浸水リスクを住民が正しく認知し避難行動を起こす、水害に強いまちづくりに取り組みはじめています。多摩川中流左岸に位置する狛江市では台風19号における本川水位の上昇により樋管からの排水が困難となり周辺地域で浸水被害が発生しましたが、当該樋管は上流の調布市と接続されていることから、狛江市・調布市が協働して浸水対策に取り組もうとしているところです。規模の小さい流域でも雨水流出抑制等の導入により隣接する自治体の浸水被害の軽減を目指す協力体制は今後ますます重要になると思われます。
「既存ダムの洪水調節機能の強化に向けた基本方針」が策定され、利水ダムを含む既存ダムの貯留量を洪水調節に最大限活用する方針が示されました。ダムの洪水調節により河川水位を低下させることで湛水型の内水氾濫の緩和も期待されます。一方、本川の水位上昇に伴う中小河川からの排水不能状態、それに伴う浸水への対処は当該自治体のみによる解決が困難な場合も多く、流域自治体と河川管理者が連携した対策が求められます。
土木学会台風第19号災害総合調査団から出された「台風第19号を踏まえた今後の防災・減災に関する提言」では、氾濫リスクの差異を前提とした地域・都市政策が求められるとしており、川沿い低地・高台などの地域の治水安全度を明確にし、多段階的な防御設計を基本とすべきとしています。イエローゾーンにおけるBCP策定等による減災、レッドゾーンにおける浸水リスクの少ない場所への誘導等、ハードと合わせた対策も必要となるはずです。
<善く国を治める者は、必ずまず水を治める>
個人的な見解ですが、平成30年7月豪雨や令和元年東日本台風を超える豪雨が起こる可能性は否定できないと思います。気候変動により2100年には産業革命以前と比較して気温が2度から4度上昇すると言われていますが、そうなると雨の降り方もさらに変わっていることでしょう。その頃には日本の人口も6000万人程度にまで減少するとの予測もあります。50年先、100年先の日本の環境と社会の変化を考えた時に、次世代のために我々は浸水対策の設計思想を明確にし、必要不可欠なハード対策への投資を積極的に行いつつ、地域住民と協働で浸水リスクに基づくまちづくりへと段階的に移行していくことが、求められる長期的な浸水対策なのではないでしょうか。